親父、もうすぐ85、中国出張に行くそうだ,,,

中国で申請していた特許の手続きで拒絶査定を受け、その対応で10月に中国出張に行くそうだ、、、

去年、日本生産管理学会の国際会議なるもので台湾出張に出かけたときは、桃園国際空港に戻る台湾新幹線のチケットを買おうとしてもクレジットカードが使えなく、現金もなく、身の回りに手助けしてくれる日本人もいなくて電話を掛けてきたよな、、、。台湾が親父の人生最後の海外になるだろうと思っていたのだが、私の見込みはまた外れそうだ、、、

拒絶査定の文言は厳しい。

  • 技術的特徴が既存技術から容易に想到できる。
  • 進歩性が認められない。
  • 特許付与可能な実質的内容がない、etc,

これらの文言に凹むことなく対抗できるのだから、”メンタルお化け” である。1000人がNoと言っても、ひとりでYesと言える。メンタル最強といえば聞こえはいいかもしれないが、世界観が相容れないただのパラレルワールドでもある。

自信があることは本人の満足には結構なことかもしれない。しかし、非現実的な行動は周囲の私にとってNoiseである(静かに暮らしてほしい)。拒絶査定をうけても、発想・行動はつねに『対抗』。押し返しに中国にまで行くのだ。何事に対してもそういう生態であることが、何度も何度も繰り返し確認ができる。そんな生態の発見、世界観を今回も発見できてしまった。Logしておいて、考える入口にして次に活かすしかない。

親父名刺

名刺の修正と作成

今回の中国出張に際して、名刺を作り直してほしいと頼まれた。裏面の経営方針の下に文言を入れたいそうで、追加して出力した。文言は次だ。

基本姿勢:百術も一誠に如かず

一見マッチョでダイナミックな座右だが、よくよく考えてみたらこうだ。

百術 < 一誠

「細かいことは関係ないねん、強い思いを持って事に当たれ」という態度に私には思える。確かにこの基本姿勢は親父の生態を表していて、この思想があらゆるCircunstancia(状況)に垣間見える。そして一誠は一声(大きな声)で断じる態度であることも少なくない。

どちらが正しいのか?どちらが大きいのか?こういう勝ち負けの話ではないのである。百術(技・スキル・Art)も大事だし、誠(意思・誠実・Integrity)も大事に決まっている。一つの信念や状態に執着、居ついてしまうことが現実の中では最大級に危険。親父の影響が反作用して私はそういう考えを持つに至っている。

1つでは多すぎる

もうすぐ85を迎える親父が、また海外、今度は中国に行くという悩ましい事案から、親父の生態観察、理解が深まったことは怪我の功名になったと思っている。「百術も一誠に如かず」という座右の銘は、それはそれでいい物語もあると思うが、それさえあれば現実が不調であっても大丈夫という免罪符にはならない。前進あるのみでは進まないのだ。「1つでは多すぎる」という言葉は、外山滋比古著『思考の整理学』の中で出てきたフレーズだが、このパラドキシカルな表現はなかなか言い得て妙で、実は、百術 < 一誠 にも通じている。右辺の方が多いのは”何か”が多すぎるでしょ!ちょっと勝手に修正をしておきたいと思います。

百術 ⇆ 一誠

動的平衡にしておきたい。いろんなスキルも誠実さもバランスよく持ち続けたいものです。

そして、多すぎる”何か”とは期待という虚妄だと思っている。期待も妄想。絶望も妄想。現実はその中間を往復している。

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